No place to go

どすこい音頭。

KICK IT OUT!

オリエンタルラジオの映像作品集DVD「十」を借りてきた。セットも豪華でたくさん人も出てきて、お金かかってる感が半端無かった。調子に乗ってた時期の、映画一本分っていうのはこれのこと…?

 

1.「う」

2.「天才・神崎の交渉」

3.「TOSHIO-SUPERα3000」

4.「情熱列島」

5.「あの年の夏はよく思い出せない」

6.「ジェットガイザー」

7.「TAMPAK」

8.「約束の日」

9.「エンゲージリング」

10.「おこめ刑事」

 

  • TAMPAK

公園での超瞬速キャッチボール。

やってることは淡白で、何も説明されなければクスリと面白い。

ただそこに説明が過剰に入ることで、二度目に見た時に逆に面白さが減るやーつか。
劇中の説明で、最近のテレビとかでは笑いに過剰にテロップを入れたりしてることへの批判がされている(みんなその笑いのどこが面白いのか自分で掴みとって行こうよ、と)
そう言いつつも、あえて自らも同じように過剰な説明を幕間に行うことで、滑稽さを見せ、そういった世の中の風潮へのアンチテーゼ、シニカルな批判を行おうとしているのか。これがこのコントでやりたかったことなのかなと。で、ほら、なにも説明がない方が面白いでしょ?と。

(TAMPAK を見たあとだと、こうやって自分用に説明を残していることすら、冷静な目でみれば過剰に思えてくる)

 

  • あの年の夏はよく思い出せない

究極的に人を信じられず、ただそれを苦しんだり悩んだりせず穏やかな口調で語るまでに状況が日常化した人の話。(と勝手に解釈)
たぶんこれって、ボランティア批判という話もあるけど、そっちに主眼があるわけじゃなくて、一番最後のボランティアの人達の志望動機が流れて行く様子によって、この物語で言うところの「ボランティア」の意味を定義してるんじゃないかと。で、後半のその定義によって、前半冷めた口調で主人公が語る「ボランティア」という言葉が意味付けされる。
主人公にとって、周囲の人間はすべてボランティアで、自分に近付いてくる人間もすべて、他人である自分を心から思ってくれてそうするわけじゃなくて、みな自分自身の利を考えてその行動をとっている(と、そういう風に主人公は考えているのでは感)。

例えば「暇だから」(誰でもいいから遊びたい)とか「失恋したから」(誰でもいいから慰めてほしい)とか。そういう風に考える主人公の冷め方や少し普通の人間からは穏やかにネジ一本外れた感じを、よりわかりやすく肉付けするために、後半のこの「ボランティアの志望動機」のシーンは使われているに過ぎないのではないかと。
前半>後半 であり、前半<後半ではなく。

だから、「漠然とした善悪の善に対する毒づき」(この物語を作成した本人・談)と言っても、単なる「世の中にあふれるボランティア職種批判」というよりも、いい顔をして近付いて来る(その実、自分のことしか考えてない)人達への毒づきに近いんじゃないかと思う。
ただ、私は、たぶん本人が言ってるならそれがこの映像で一番やりたかったことなのかもしれないけどこの作品で語られるそういう毒づき自体にはあまり魅力を感じずに、ただ、穏やかに冷めた目線で他人の感情の温かさを信じられない主人公、という人間の描写の仕方に魅力を感じた。
ドキッ、とするような冷たさ。穏やかさ。
「あぁ、あのひと?あのひとはボランティアだから」という言葉に、なんか、そういう人間じゃなくても、うん、わかる…と共感させられてしまう、力がある気がした。

 

(調べたらオチがどうやら、ほんとうは全員ボランティアだった、みたいな感じらしいけど、なんかよくわからなかった……ぞ…?)

 

  • ジェットガイザー

静の狂気と動の狂気があるなら、動の狂気。
ただ、全体を通して描かれる実際的で暴力的な狂気表現よりも、最後にカマキリ星人みたいなのが完全に死んでしまったあとに、ジェットガイザーのマスクの下で最後起こる表情の変化が、うむ。

切なげでなんとも言えない表情。「あぁ、ついに死んでしまった これでもう遊ぶものがなくなってしまった」 (ねぇしぬなよ?つまらないだろ…?もっと俺と遊ぼうよ…?) そういう、お気に入りのおもちゃをなくしたかのような気持ちを感じて、あの最後の変化に込められたものが、この映像の中でいちばんの静の狂気だなぁと思った。こわく、うつくしく、魅力的。

(すごく主観なので、ちがうかもしれない)

 

  • TOSHIO-SUPER α 3000

「究極の生命体」っていう設定に笑ったww 日常の中の非日常!

あれ全部アドリブでやってると聞いて、すごいなと。あんな掛け合いしててよく途中で笑わへんなと。先生が途中で食べてたのは、あぶない白い薬じゃなくてフリスクだったのか。

ただやはりアドリブだからか、途中の先生の押し出し具合がちょっとしつこかったかなと。とは言っても、そもそものTOSHIO-SUPER α 3000 の究極の生命体設定(そして地球人の先生よりも地球のみんなの安否を考えてくれる健気な姿勢)がハートくすぐられるし、結局最後先生が爆走してたのには笑った。途中だれたけど、面白いコントだったと思う。

 

販売版にはオリラジ2人等によるオーディオコメンタリーがあるそうで、聴いてみたいなぁと思った。

作品としては「あの年の夏はよく思い出せない」の雰囲気が、一番好きだったなぁと思った。